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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)13352号 判決 1990年8月27日

原告 大筑波観光開発株式会社

右代表者代表取締役 松下春雄

右訴訟代理人弁護士 小宮山昭一

被告 つくば市(旧大穂町)

右代表者市長 倉田弘

右訴訟代理人弁護士 鵜澤晉

同 関澤正彦

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金一億円及びこれに対する昭和六二年一〇月二一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告(旧商号筑波開発株式会社)は、昭和三八年八月頃から茨城県筑波郡大穂町(同町は、昭和六二年一一月二〇日付で、地方自治法七条一項の規定により、茨城県新治郡桜村、筑波郡谷田部町、同郡豊里町とともにこれを廃し、その区域をもって被告を置く旨の処分がなされ、右処分は、昭和六二年一一月三〇日からその効力が生じた。)にゴルフ場建設のための用地買収を始め、同町大字若森字西原一六四九番山林三一一四平方メートル外合計一六万九一六一平方メートルの所有権を取得し、また約二七万二〇四六平方メートルの土地を賃借し、これらの土地の上にゴルフコース及び諸施設を築造したうえ、昭和四一年六月三〇日、ゴルフ場(以下「本件ゴルフ場」という。)の営業を開始した。

2  原告は、昭和四二年一一月一〇日、日本住宅公団(その後住宅・都市整備公団にその権利義務が承継された。)との間に、本件ゴルフ場を筑波研究学園都市建設用地として代金三億四二八六万二八九三円で同公団に売渡す旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

3  原告が本件売買契約を締結するに至った理由は以下のとおりである。

(一) 筑波研究学園都市の建設は、国の直轄公共事業であるが、建設用地の取得・造成については、昭和三八年九月一〇日の閣議了解により、日本住宅公団が行なうこととされ、同公団は、昭和四一年八月三一日、茨城県及び大穂町等関係六か村との間に用地買収事務委託契約を締結した。

(二) 大穂町の町長亡吉村長左衛門(以下「吉村町長」という。)から、原告に対し、前記委託契約に基づき、本件ゴルフ場について買収に協力を要請してきた。

(三) 原告は、右の要請に応じて同町の協力により代替地にゴルフ場を改めて建設するのが得策と考え、吉村町長に対し同一町内に本件ゴルフ場と同一規模の代替地補償をすることを条件に買収交渉に応じる旨回答した。

(四) 原告は、昭和四二年一月二三日、吉村町長から紹介された日本住宅公団の担当職員との間で買収交渉を行ない、その際、原告は、本件ゴルフ場は約金六億九〇〇〇万円を投下して造成したもので、当時の市場取引価格は金一四億円余りである旨説明した。

(五) その後、原告・日本住宅公団・吉村町長の三者間で交渉が進められたが、その中で、吉村町長は、原告に対し、買収に反対しても最終的には土地収用法の手続がとられ、買収を免れることができない公共用地の取得であるから、話合いにより決めることができる時期において買収に応じた方が希望する補償条件による売却ができて得策である、最大の用地提供者である原告が統一価格に応じれば地元の買収反対者に大きな影響を与え、用地買収も進展するから、是非国の事業の達成に協力してもらいたい、その代り原告の要求に協力する旨懇請した。

(六) そこで、原告は、吉村町長の右懇請に応じ、新ゴルフ場用地の買収について大穂町の協力を条件とし、金一〇億三〇〇〇万円を限度として買収に応じる旨日本住宅公団に申入れたが、同公団の提示した価額は、原告の投下資本の半分にも満たない金三億円余りであったため交渉は打切られた。

(七) 吉村町長から、昭和四二年八月上旬、当事者の話合いによる解決は困難であるから、日本住宅公団は茨城県知事を、原告は吉村町長をそれぞれ裁定人として選任し、その裁定により買収金額を定める裁定方式をとりたい旨の同公団の意向が伝えられた。原告は、これに対し、買収金額は金一〇億三〇〇〇万円であること、大穂町は代替地の新ゴルフ場建設に協力すること、新ゴルフ場建設まで本件ゴルフ場の使用を許すことを条件に右裁定方式を承諾する旨回答した。

(八) 同月下旬、吉村町長から、原告に対し、「日本住宅公団に対し、原告の右条件を申入れ、同公団も原告の提示した買収金額一〇億三〇〇〇万円を承諾した、裁定金額は金三億四二八六万二八九三円と決定した、右金額は、買収金額の一部であり、裁定書の調印は同年一〇月八日茨城県庁で行なう。」旨の連絡があった。

(九) その結果、原告は、同日茨城県知事と吉村町長の裁定書に調印するとともに、同年一一月一〇日、日本住宅公団との間に、本件売買契約を締結し、右契約に基づき、土地については水戸地方法務局筑波出張所昭和四二年一一月一〇日受付第四八九二号をもって、建物については同出張所同日受付第四八八三号及び第四八九三号をもってそれぞれ同公団へ同日付売買を原因とする所有権移転登記がそれぞれなされた。

4  しかし、その後、原告は、日本住宅公団に対し、本件ゴルフ場の買収代金額金一〇億三〇〇〇万円と本件裁定金額金三億四二八六万二八九三円との差額金六億八七一三万七一〇七円の支払を求めたところこれを拒絶されたため、昭和四五年四月二八日東京地方裁判所に同公団を被告として、主位的に本件売買契約の無効を理由に前記土地建物について本件売買代金の返還と引換えに各所有権移転登記の抹消登記手続と明渡を、予備的に正当な補償の支払を理由に原告主張の正当な補償額と本件売買代金額との差額の内金一億円の支払をそれぞれ求めて提訴したが、第一審の東京地方裁判所では昭和五五年二月一九日いずれも請求棄却となり(同裁判所昭和四五年(ワ)第四一四二号事件)、控訴審の東京高等裁判所では昭和五九年二月二九日控訴棄却となり(同裁判所昭和五五年(ネ)第五一九号事件)、上告審でも昭和六二年三月二六日上告棄却となり(最高裁判所昭和五九年(オ)第九九九号事件、但し参加人の請求に関する原判決の判断脱漏を理由に一部破棄差戻となったが、この点についても東京高等裁判所において昭和六二年九月三〇日控訴棄却の判決(同裁判所昭和六二年(ネ)第一〇八四号事件)があった。)確定した。

5  右訴訟の審理の過程で、吉村町長が日本住宅公団が買収金額金一〇億三〇〇〇万円を承諾していないのに、原告に対し承諾したと嘘を言って騙し、原告に本件裁定書に調印させ、同公団との間に本件売買契約を締結させたことが判明した。

6  日本住宅公団の学園都市建設用地の買収は国の公共事業であり、任意買収が成立しない場合は、土地収用法に基づく強制収用を背景としてする買収であるから、通常の売買契約とは異なり、権力的要素を含む行為である。

吉村町長は、日本住宅公団との用地買収事務委託契約に基づき大穂町の町長として本件ゴルフ場の買収交渉に関与したものであるから、それは国家賠償法一条の「公権力の行使」に当り、原告を騙して本件裁定書に調印させ、本件売買契約を締結させた行為は、同条の「その職務を行なうについて」なしたものということができる。

原告は、吉村町長の右不法行為により現在の本件ゴルフ場の市場取引価格金一四億六一七一万七四八五円と買収金額金三億四二八六万二八九三円との差額金一一億一八八五万四五九二円ないし少なくとも原告の投下資本約金六億九〇〇〇万円と買収金額金三億四二八六万二八九三円との差額を損害として蒙ったものである。

したがって、被告は、原告に対し、国家賠償法一条に基づき、右損害を賠償すべき義務がある。

また、仮に吉村町長の行為が同条の「公権力の行使」に当らないとしても、被告は、原告に対し、吉村町長の使用者として民法七一五条に基づき、右損害を賠償すべき義務がある。

7  よって、原告は、被告に対し、不法行為による損害賠償請求権に基づき、右損害の内金一億円及びこれに対する不法行為後である昭和六二年一〇月二一日(本件訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  請求原因2の事実は認める。

3  請求原因3の事実のうち、(一)・(九)の事実は認めるが、その余の事実は否認する。

4  請求原因4の事実のうち、原告主張の訴訟が提起され、請求棄却、控訴棄却、上告棄却の結果に終り確定したことは認めるが、その余の事実は否認する。

5  請求原因5・6の事実はいずれも否認する。

三  抗弁

1  二〇年の消滅時効

吉村町長の本件不法行為すなわち同町長が日本住宅公団が買収金額金一〇億三〇〇〇万円を承諾していないのに、原告に対し承諾したと嘘を言って騙した時点である昭和四二年八月下旬から起算して二〇年が経過した。

被告は、右時効を援用する。

2  三年の消滅時効

原告は、遅くとも昭和四三年四月一日時点で日本住宅公団に対し、本件ゴルフ場の買収代金額金一〇億三〇〇〇万円と本件裁定金額金三億四二八六万二八九三円との差額金六億八七一三万七一〇七円の支払を求めたところこれを拒絶されたのであるから、その時点で民法七二四条前段にいう「損害及ヒ加害者」を知ったものであり、その日から起算して三年が経過した。

被告は、右時効を援用する。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

抗弁事実はいずれも否認する。被告の主張に対する原告の反論は以下のとおりである。

1  二〇年の消滅時効について

本件不法行為の成立時期は、昭和四二年一〇月八日の本件裁定日である。すなわち、本件売買契約に至る経緯は請求原因記載のとおりであり、右事実関係のもとにおいては、原告は、吉村町長を信用し、裁定日において裁定書に調印し買収されたものであり、裁定書に調印しなければ裁定金額で売却することはなく、原告に損害は発生しなかったものである。したがって、本件不法行為による二〇年の消滅時効は昭和六二年一〇月八日をもって完成するのであり、本件訴訟はその七日前の昭和六二年一〇月一日受理されたのであるから、本件で未だ二〇年の消滅時効は完成していない。

2  三年の消滅時効について

原告が民法七二四条前段にいう「損害及ヒ加害者」を知ったのは、日本住宅公団に対する前記別件訴訟の上告審判決が確定した昭和六二年三月二六日であるから、本件における三年の消滅時効は同日から起算すべきものである。すなわち、右訴訟において勝訴すれば、原告に損害はなく、原告は、右訴訟に敗訴してはじめて裁定金額のほかには補償を得られず損害が発生することになるのであり、その時点で原告は損害及び加害者を確実に知ることになるのである。

第三証拠《省略》

理由

一  原告の本訴損害賠償請求権の成否の判断はしばらくおいて、先ず被告の消滅時効の抗弁について判断する。

ところで、原告の本訴請求は、国家賠償法一条一項を根拠とするものと解されるが、同法四条によれば、「国又は公共団体の損害賠償の責任については、前三条の規定によるの外、民法の規定による。」と規定しているので、同法に基づく国又は公共団体に対する損害賠償請求権の消滅時効については、民法七二四条が適用される。

そこで、はじめに同条後段について検討する。

原告は、本件における具体的事実関係を挙示して、右事実関係のもとにおいては、同条後段の「不法行為ノ時」について、原告は、吉村町長を信用し、裁定日において裁定書に調印し買収されたものであり、裁定書に調印しなければ裁定金額で売却することはなく、原告に損害は発生しなかったものであるから、本件裁定日の昭和四二年一〇月八日を右「不法行為ノ時」と解するのが妥当である、との主張をしている。

思うに、民法七二四条後段の規定は除斥期間を定めたものと解すべきである。右規定の趣旨が、同条前段の三年の時効が損害及び加害者の認識という被害者の主観的事情のいかんによって左右される浮動的なものであることに鑑み、これを制限して被害者の認識のいかんを問わず画一的にできるだけ速やかに法律関係の安定をはかろうとするにあるものと解せられること及び二〇年の期間は通常の消滅時効の期間を倍加するもので、実際上もかなり長期であり、その上さらに中断を認めて期間の伸長を許す結果となることは、右の期間を定めた右の趣旨に合致しないと考えられること等からすれば、除斥期間と解するのが合理的であって、時効と解するのは妥当ではないからである。

そして、右規定の以上の趣旨、性質に鑑みると、右規定の「不法行為ノ時」というのは、損害発生の原因行為をなす加害行為がなされた時をいい、さらに、右の「加害行為がなされた時」というのは、字義どおり加害行為が事実上なされた時と解すべきであり、当該加害行為のなされたことが被害者に認識された時、あるいは認識され得るような外部的表象を備えるに至った時と解すべきものではない。

もっとも、「不法行為ノ時」をもって損害発生の原因をなす加害行為がなされた時と解すると、加害行為の時と当該行為による損害発生の時との間に時間的な間隔がある場合には、損害賠償請求権が未だ発生していないうちに二〇年の期間が進行を開始することとなるけれども、右の期間を前述のように除斥期間と解すれば、このことをもってあながち不合理ということはできないものというべきである。

そこで、以上の見地に立って考えるに、原告が本訴において主張する吉村町長の不法行為とはなにを指すのか、必ずしも明確ではないが、要するに、同町長が、原告に対し、「日本住宅公団に対し、原告の条件を申入れ、同公団も原告の提示した買収金額金一〇億三〇〇〇万円を承諾した、裁定金額は金三億四二八六万二八九三円と決定した、右金額は、買収金額の一部であり、裁定書の調印は同年一〇月八日茨城県庁で行なう。」旨の虚偽の連絡をしたため、これを信じた原告が本件裁定及び本件売買契約に応じたと主張して、原告のいう本件ゴルフ場の市場取引価格ないしそれに対する投下資本金額と本件裁定(買収)金額の差額の損害賠償の内金を求める趣旨のものと解される。そして、《証拠省略》によれば、別件訴訟の各判決も是認するとおり、本件売買契約は純然たる私法上の契約(任意買収)であること及び本件裁定はそれに先立ち原告と日本住宅公団がその内容の如何にかかわらず無条件で従うことを約し、これを裁定依頼の要件としたことが認められるのであるけれども、この点は別としても、原告の前記主張自体によっても、原告の訴求する本件損害についての発生原因たる加害行為が事実上なされた時は、遅くとも吉村町長から右の虚偽の連絡があったとする昭和四二年八月下旬頃とみるべきものであるから、除斥期間はそこから起算すべきものといわなければならない。

原告は、本件について種々特殊事情があるとして前記のごとき主張をしているものとみられるけれども、その主張は帰するところ以上の説示と反する見解に立脚するものというよりほかなく、採用のかぎりではない。

しかして、本訴が提起されたのは昭和六二年一〇月一日であることは本件訴状の受付印から明らかであるから、右連絡の時から本訴提起までに既に二〇年以上経過しており、仮に原告主張の損害賠償請求権が発生したとしても、右二〇年の除斥期間が経過したことによって消滅したものといわざるを得ない。

次に本件事案の特質に鑑み、民法七二四条前段の短期消滅時効の点についても検討するに、国家賠償法に基づく国又は公共団体に対する損害賠償請求権は被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知ったときから三年間これを行使しないときその短期消滅時効は完成すると解される。

ここにいわゆる「損害を知る」とは、損害を伴うことを常態とする違法行為のなされたことを知る意味であり、また「加害者を知る」とは、国家賠償法に基づく損害賠償責任については、被害者が国又は公共団体の公権力の行使にあたる公務員としての不法行為であることを知れば加害者を知ったものであると解するのが相当である。

これを本件についてみるに、前叙のとおり、本件で原告が吉村町長の不法行為の内容として主張するところは、結局同町長が、原告に対し、前記の虚偽の連絡をしたため、これを信じた原告が本件裁定及び本件売買契約に応じたとする点にあるとみられる。そうすると、原告自らが主張するところによっても、日本住宅公団に対し、原告のいう正当な補償額と本件売買代金額の差額の内金等を請求して昭和四五年四月二八日に別件訴訟を提起する以前に、同公団に対し右差額の支払を求めたところ、これを拒絶されたというのであるから、その時点で既に原告としても大穂町長である吉村町長の原告に対する連絡内容が虚偽で同町長が原告を欺罔していたという事実を容易に察知しえたものというべきである(右別件訴訟の審理過程ではじめてこれを察知したかのごとき原告代表者本人の供述は到底納得できない。)。

ところで、原告は、原告が民法七二四条前段にいう「損害及ヒ加害者」を知ったのは、日本住宅公団に対する前記別件訴訟の上告審判決が確定した昭和六二年三月二六日であるから、本件における三年の消滅時効は同日から起算すべきものである旨主張する。

しかしながら、同条前段にいわゆる「知リタル時」とは、被害者が、具体的な資料に基づかないで主観的に疑いを抱いたり、推測しただけでは、事実上損害賠償請求権の行使はできないから、ここに「知った」ということはできないけれども、反面、被害者の加害者に対する賠償請求が事実上可能な状況のもとに、それが可能な程度に具体的な資料にもとづいて、加害者ないし損害を認識しえた場合をいうものと解すべきである。

これを本件についてみるに、前述したように原告が吉村町長の不法行為の内容として主張するところは、要するにその故意に基づく欺罔行為をいうものにあるとみられるから、当時同町長ひいては大穂町の責任を見極める上で格別高度の法的判断は必要とせず、日本住宅公団に対し本件ゴルフ場の買収代金額と本件裁定金額との差額の支払を求め拒絶された時点で、原告は、同町長の右欺罔の事実を看破し、大穂町に対し、国家賠償請求訴訟を提起するについて事実認識の上でも法的判断の上でもこれといった支障はなかったはずであり、その時点で原告は損害賠償請求権の行使が可能な程度に加害者ないし損害を認識しえたと解するのが相当であり、この結論が格別原告に酷な結果を招来するものとも考えられない。しかして、損害及び加害者を知る権利者が相当の期間内に権利行使に出ぬ以上は、その態度よりして、権利者が義務者を宥恕したかあるいは賠償の必要性を認めないなんらかの理由から請求を断念したものと賠償義務者の側で信頼することが自然であり、この信頼は正当なものと評価できる。かかる観点から見ると、原告の主張にかかる別件訴訟は本件とはその前提とする事実関係はほぼ同一であるものの、当事者(被告)を全く異にし、しかも、一般に国家賠償法一条にいう違法性は必ずしも、公権力行使それ自体の違法性もしくは効力要件に係る違法性と一致するものではないし、現実にも別件訴訟で本件裁定の処分性等国家賠償請求訴訟の前提問題とも解しうる可能性のある事項が直接かつ主要な争点とされたものでもない(むしろ、前記のとおり別件訴訟では一審以来一貫して本件売買契約は純然たる私法上の契約(任意買収)であるとされ、原告のいう吉村町長の欺罔行為に基づく本件売買契約についての錯誤の主張も悉く排斥されている。)のであるから、その帰趨が本訴における右の結論を左右するものとは到底考えられない。かえって、吉村町長も既に鬼籍に入り、別件訴訟の提起からでも二〇年を経過した今日、短期消滅時効制度の趣旨からしても、原告は被告に対する関係で権利行使を怠り、権利の上に眠っていたものと評されてもやむを得ない反面、右に述べた意味での被告側の信頼こそ保護されて然るべきものであろう。

なお、原告は、民法七一五条の責任についても主張するけれども、吉村町長と大穂町との間に被用者と使用者の関係があるとする原告の見解の当否はさておき、仮に両者の間に原告主張のような関係があるとしても、同条において規定する使用者の損害賠償責任は、使用者と被用関係にある者が、使用者の事業の執行につき第三者に損害を加えることによって生ずるのであるから、この場合、加害者を知るとは、被害者において、使用者ならびに使用者と不法行為者との間に使用関係がある事実に加えて、一般人が当該不法行為が使用者の事業の執行につきなされたものであると判断するに足りる事実をも認識することをいうものと解するのが相当であるところ、日本住宅公団が、昭和四一年八月三一日、茨城県及び大穂町等関係六か村との間に用地買収事務委託契約を締結したことは当事者間に争いがなく、原告も当時そのことを当然認識していたものとみられるから、原告において右の事業執行性の点を容易に認識しえたものというべきである。

したがって、民法七一五条に関する原告の右見解を前提としても、前記の結論に消長をきたすものとは考えられない。

してみると、仮に原告主張の損害賠償請求権が発生し、しかも前記除斥期間が満了していないとしても、原告が日本住宅公団に対し本件ゴルフ場の買収代金額と本件裁定金額との差額の支払を求め拒絶された時点から三年の経過とともに短期消滅時効が完成したものというべきである。

被告が平成元年九月二六日の本件第一一回口頭弁論期日において右時効を援用したことは当裁判所に顕著である。

そうすると、被告の抗弁はいずれも理由があり、原告の本訴損害賠償請求は、いずれにしてもその余の実質的帰責評価の点について判断するまでもなく理由がない。

二  以上の次第で、原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 小澤一郎)

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